踊り子(おどりこ)

「答えを出さずに~いつまでも暮らせない~」

の”踊り子”(おどりこ)です。


題名: 踊り子(おどりこ)

作詞/ 村下孝蔵  作曲/ 村下孝蔵

歌/ 村下孝蔵

1983年8月25日シングルリリース


ベンチャーズや加山雄三のギターテクニックに憧れていたので、

自作のギターを制作するなどしながら、音楽に傾倒して行く。

高校卒業後、就職した広島ヤマハでピアノ調律師の傍ら

音楽活動を行っていて、自主製作アルバムを発表する。

1979年、ソニーレコード(当時、CBSソニー)が主催した、

第1回SDオーディションに合格。

同期合格者にはHOUND DOG、堀江淳、五十嵐浩晃がいた。

1980年シングル「月あかり」でデビューして、1981年「春雨」、1982年に「ゆうこ」が話題となる。

1983年に発売したヒット曲「初恋」は、三田寛子、田尾安志などがカバーして話題となった。

続いて発売した「踊り子」、「少女」、「夢のつづき」も好評であった。

これらのヒットにより、英語を使わずに日本語を用いた丁寧な情景描写による歌詞と、

旧来の歌謡曲と洋楽や日本のグループサウンズのメロディーを融合させた様な、

繊細かつ親しみやすい曲調を奏でるシンガーソングライターとして認知される。

「初恋」ヒット時、テレビ番組への出演は

所属レコード会社の意向で

一切無くて控えられていたので、

村下孝蔵の顔を知らないファンが大勢いたようです。

僕もその一人です。

1999年6月20日、東京駒場のスタジオでコンサートのリハーサル中に

突然体調不良を訴え、当初は救急車も呼ばずスタッフ付添のもと

自力で病院を訪れたが、診察で高血圧性脳内出血と判明した直後に

昏睡状態に陥り、4日後の24日に逝去した。享年46。

曲風と本人の人柄のためか生前はやや地味な存在であった。

しかし、作詞作曲能力・歌唱力・ギターテクニックばすばらしいと思います。

動画を見てもらえば、繊細な指の動きを見てもらえば

ギターテクニックがすばらしいものだという事がわかると思います。

コンサートでは「ひとりベンチャーズ」なるギターソロを披露したこともあるそうです。

あまりにも早く亡くなりすぎです。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照


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YouTubeで歌、音楽、懐メロを無料でPV視聴より | 村下孝蔵 (むらしたこうぞう)

コメント (3)

三村正之 :

FM放送で聞いた曲 村上孝蔵さんの歌が聞けました。ありがとう
09.6.24.

コメントありがとうございました。

少しでもお役に立ててうれしく思います。
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amana :

ラジオでたった今耳にした、知らなかった歌い手のことが、検索ですぐに分かりました。そして、彼の歌を、その表情とともにじっくり聞くことができました。早く亡くなられた才能ある方だけに、映像をこうして味わえるのは、本当に貴重だと思います。ありがとうございます。
もっと沢山歌っていただきたかった、、村上さんには。

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